Wednesday, February 28, 2018

ローマ字スペル開発は日本語判別判読の為の技術である。様々な原因で日本語に存在する同音異義語を判別判読する為スペルを異質なものを利用して区別する為の技術である。この為には一定の合理性がなくてはならない。合理性がなくては使用者同士の共有物とする事は出来ないからである。

Tuesday, February 27, 2018

今私が開発中のローマ字運動の通称を「J’alfabectoジャルファベット」と呼んで欲しいと思う。航空会社と紛らわしいが、ゴメンナサイ!
私の様なかたわ者が自ら死ぬ事など怖くて出来ないから、せめて仕事が出来ない分、此の世に残す物として自らに与えた課題を成し遂げようをと奮闘している。しかし、私は何故若い時にこれに気が付かなかったのだろうか?若い時と言っても高校生の時に現在している事の芽が出た事を思い出す。地域の進学校に入っても成績は落ちる一方で逃避の為に良い事悪い事を色々した挙句、勉強してるフリして高校生ながら開発に没頭したのであった。この時の経験は現在では全く生きてはいないが、スタートは此処だった。
日本語には本来的に語源的に一つの所から出ている言葉は活用も同じだからどちらの意味なのか解らない場合がある。例えば「話す」と「離す、放す」。このばあい「離す、放す」が原義であろう。何故なら言の葉を離して相手に移動、伝えるから話す意味になったのだろうからである。これを解決する方法は無い!ローマ字にしたら更に混乱するだろう。これは時間が解決するしかないのだろう。例えば「離す」は「切り離す」を優先使用するとかである。

Monday, February 26, 2018

「ん」は決して子音ではない。中国語だった時点ではかなり明確なはっきりした「n」だったと思われる。日本に移入されて以降は音韻変化に晒されて母音性の強い音韻になった。且つ、母音とは「う」に近い音韻だったためピッチ性のアクセントも背負った。従ってJ’alfabectoでは単独には語尾の「ん」は「n」を使わない。その代わり「gh」を「n」などの後に付ける事とする。即ち「ngh」である。又は「n”」である。
タ行ウ段「つ」は何故態々①[tsu]の様な発音か?J’alfabectoでは②[thu]を提案している。①はサ行に無関係なので排除したい。[thu]のhは辛うじてか擦れる音を表している。ザ行ウ段とダ行ウ段は現代語では発音の差はない。「ず」、「づ」である。これは両者を[dzu]とする提案をしていた。これをザ行は[zu]ダ行は[dzuとする事を再提案する。これは「聞き取り書き」に含まれる。
タ行ウ段「つ」は何故態々①[tsu]の様な発音か?J’alfabectoでは②[thu]を提案している。①はサ行に無関係なので排除したい。[thu]のhは辛うじて掠れる音を表している。ザ行ウ段とダ行ウ段は現代語では発音の差はない。「ず」、「づ」である。これは両者を[dzu]とする提案をしていた。これをザ行は[zu]ダ行は[dzuとする事を再提案する。これは聞き取り書きでもある。

Sunday, February 25, 2018

長音か二重母音か判断出来ない「あぁでもない、こぉでもない」などという時の表記は「伸ばし記号を使えない時はhで代用する。「ah,koh」
慣用句に「〜しそう」がある。動詞は連用形で、そうの元は様(名詞)と言われている。「sama▶︎samu▶︎somu▶︎somw」と変化して来たと考える。
どんな慣用的な語句でもある程度特徴を持たせて記述するとローマ字の平板な視覚性が避けられるのではないか?例えば、丁寧語に付ける「お」である。「o’」として頻出させれば、急に出て来ても分かりやすだろう。又、接頭辞接尾辞などは何らかの工夫をしないと、非修飾語に同化して読みにくさの原因になる可能性もあるので工夫しておかなければならないだろう。ローマ字は何処かに特徴を持たせる事をすれば読ませられるのではないか?
今開発中のJ’alfabectoは日本語の規則性に着目しつつ、誰でも使いこなせる様に考えているものである。その為に、同音異義語の多い日本語を分かり易い方法で払拭し明瞭に読み易いものにていきょうするものです。従って、これまでのローマ字運動にあった様な五十音表だけ作って済まそうと言う安易な方法は採らない。寧ろ百音表も作れば活用表も作る精緻な方法を採りながら使いやすいものとなっている。規則性を追究すればする程、意味分別性が増すという事に気が付き限度はありつつ、この方法を突き進めている。
活用表サンプル
語素(品詞)従来的漢字仮名で
①未然形②連用形③終止形④連体形⑤仮定形⑥命令形
❶■■■■■■❷■■■■■■❸■■■■■❹■■■■■■❺■■■■■■❻■■■■■■

Friday, February 23, 2018

ローマ字では単語や品詞に当たる言葉を語素と言う事にする。我々は言語学者ではないので、多少の知識はあるにしても、言語学に踏み入る事はしない。語素とは品詞など文法的性格を決定する前の段階である事を自覚したいと考えるので、前段階的意味を込めて語素と呼ぶ事にするのである。
音便は凡ゆる所に発生しており、特に特徴として語尾の「い」「う」の直前に発生するので(y)(w)を語尾につけると音便という事を解らせることにする。

Thursday, February 22, 2018

四五段動詞の連用形と名詞とは同形だが動詞活用の意識がある時だけ、出来るだけ最終音節を子音を重ねる事とする。若し名詞の積りで重ねてしまっても気にせず名詞と見做す。読む時に促音に読まなければ良いのである。
動詞の連体形と終止形とは同一の形をしているが、これを敢えて区別する必要があるのか解らないが、終止形にはカンマとピリオドで止める。連体形へは特に連絡符は用いない。

Wednesday, February 21, 2018

漢字仮名交じり文での読み方で良くなかった点は見た事も読んだ事も無かった漢字を読み飛ばしていた事が往々にしてあった事であった。一般にはあることなのだろうか?読み飛ばしする事が文書を読むに当たって抑もあって良い事だったのだろうかと思っていた。ローマ字では翻字がシッカリ出来てさえいれば、必ず読ませる事は出来る。それが当たり前の事だろう!文字とは読ませる為のものである!読むに難しい文字がある事が抑も可笑しいではないか?

Tuesday, February 20, 2018

漢字音に関する若干の提案①「学」は連濁ではないので[-Gaku]ではなく[Gaku]である。②「楽」は[Raku]と[Ggaku]である。Ggは吸収音である事を示している。

Monday, February 19, 2018

ローマ字スペルを考えるに私は当たり行き当たりばったりではなく、日本語文法の知識をフル動員して行なっている。但し学校の成績は決して宜しくは無かった。今こうして振り返ると学校で習った知識が意外と頭に入って残って居た事は幸運だった。ローマ字にとって学校文法が相応しいかどうか解らないが私がでは無くこれを使用する人々が如何に使いやすいものになる事が重要な事なので学校文法に多少批判があろうとこれを元に説明して行くしかないだろうと思う。
漢語系単語は中国語の特徴の一部分しか引きつでいない為日本語にを膨大な同音異義語を齎した。これらを改めてローマ字でひき継ぐ事はかなり難問である。従って漢語を放置した国語政策の修復、残滓を片付けなければならないだろう。その方法として漢語が翻訳語になる前の原語即ち学術用語ならギリシャ・ラテン語などからの翻字規則が必要になるだろう。ラテン語の知識が必要になるだろうが、今後応用が効くので、ギリシャ・ラテン語教育が必要となるだろうからそれほど負担にはならないと捉える事になってくるだろう。日本語の豊富化として造語に振り向ける事も必要だろう。
J’Alfabecteは活用語の表記をシッカリと心掛けている。日本語の発達はまさに動詞などの活用が命であるので、どんな冒険をしようとも明晰明瞭に表現出来なければならないのだ。

Friday, February 16, 2018

ローマ字の文章量

ローマ字になったら文章量は増えるのだろうか?減るのだろうか?ハッキリとは解らないが、ローマ字は音に分解した文字なので、増える要素があるといえる。実際に比較してみないと正確には解らないだろうが、文字がコンパクトな分縮小の要素もあるのである。同一文章で比較しても正確には判別出来るとは限らない。

ローマ字と統語法

統語法というのは非視覚的な内部構造の事なのであるが、ローマ字語法が完成した暁には日本語としての統語法が論じられる事だろう。その頃には日本語統語法が変化しているかも知れない。特に古典期にあった様な語法がその合理性故に復活しているかも知れない。楽しみな事である。

ローマ字の読解難易性

英語などのローマ字を読もうとすると、シッカリと本文に焦点を合わせて読まなければならない事に気がつくだろう。流し読みは出来ないだろう。漢字仮名交じり文では漢字の輪郭を頼りに読む事も出来たので、益々難しい漢字の習得が遠退いたのであろう。ところが矢張りと言って良いだろうがローマ字は細部を能く読まなければ意味を汲み取る事はできないのである。この事を敬遠してはローマ字は一行も読む事は出来ない。適当な、手っ取り早い方法などはないのである。シッカリコツコツ読んでコミュニケーションを自発的にとる事以外に方法はないのである。英語に限らず日本語をローマ字で書けるようになった時は心掛けるべき問題となろう。

Thursday, February 15, 2018

日本人は肝心な所を他人任せにするところがあるように思うのである。それと同等な意味でアイデンティティーの未成熟という事も指摘しておきたい。要するに政治的に分断されっぱなしで、まったく修復を自らの手で行えないのである。日本に何が不足しているのかは指摘出来てもどう具体的にしたら良いのか全く答えが出せないのである。だから、誰かがソッと押すと徐々に動き出すと言う事になるのである。矛盾は感じても具体的に改革に動くようにはならないのである。ローマ字運動も今そう言う立場にあると言って良いのである。

Wednesday, February 14, 2018

日本語をローマ字で書く事になれば改善される業界は何と言っても学術であろう。今迄、カタカナで翻訳されていた用語がそのままの形で使用できない事が問題である。カタカナで書いていた事が特に固有名詞が正確に書く事が出来るから、ローマ字で書く事になれば、間違いや失礼が無くなるが、カタカナで書いていたものは復元はしなければなくなるだろう。原語で母音が入ってないのに態々入れる必要はなくなるのである。しかし、今迄カタカナで書いていた固有名詞などを改めて正確に復元しなければならなくなるので、日本語をローマ字にしておかなかった事が悔まれる事態にもなるのだが、こういう時を抑も予測出来ておかなければならなかったのである。日本の国際化を言うなら、こういう所にも配慮があってしかるべきだったのである。日本の学術が如何に外国文化に依存しているかを知っているなら、独自性を何処まで主張出来るのかを測る事が必要だったのである。

Tuesday, February 13, 2018

日本語をローマ字で書くという事は、ヘブライ語を復活したエリエゼル ベン イェフダーではないが、日本語を総合的に洗い直す事になるのである。イキナリローマ字を当て嵌めても、実用に叶うか不明なので実用に叶う様にいじる事は必要であるだろう。特に日本語に多い同音異義語を書き分けられなければ、漢字仮名交じり文に負けてしまうのである。同音異義語を如何に合理的に書き分けられるかがアルファベット運動にとってカギとなるだろう。

Friday, February 9, 2018

このブログもローマ字で書けば良いじゃないかと言う声が聴こえそうである。それは片方でしている。慌てずにしている。現行の記述法で、理論だけは完成させるべきと思っているのである。文法的に整理して誰でも自由に書きこなせる様にしたものを準備する事に現在は力を集中しているのである。
ローマ字は既にインフラとしてIT化が進んでいるので、パソコンも普及しているので、ほぼ終了していると言って良いのである。社会的な準備は出来ているのである。

Thursday, February 8, 2018

ローマ字運動は国語及び言語表記の表音化運動である。日本語には既に仮名文字があるが、何故私は敢えてローマ字を薦めるのだろうか?ローマ字は世界的に既に行き渡っておりハードルが低いといえるのである。又、仮名文字は特に難易度は低いと言えるが、ローマ字の字母に較べれば丁度倍の量がある。いずれにしても同じ表音文字とは言っても、国際的な共通性を持っている方を選択するだけと言う基準なのである。更に国際化には各国語が交換する機会が増える筈であるのでその準備も考慮すべきであろう。と言う事である。

Saturday, February 3, 2018

外来語の翻字は聞き取り書きの通りルールで書くことにする。無理に原語のスペルに引き摺られたスペルにすると関連語との整合性に苦慮する事になるので原語のスペルは考慮しない事とする。

Thursday, February 1, 2018

❶❷❸❹❺
百音表
aiueo
❶ka❷ki❸ku❹ke❺ko
❶kya2kyi❶ga❷gi❸gu❹ge❺go
❶sa❷shi❸su❹se❺so
❶za❷zji❸dzu❹ze❺zo