| 確か去年だったか「神ってる」が流行ったが、これは本当は全活用が揃っててないので当ローマ字にはなり難いので、聴き取り書きの手法でなら「Kamicteru」となるが、四、五段活用なら「kamirrcte’ru」となるだろう。しかし、活用語は日本語の中の位置付けがあってこそ生きるので、この様な言葉は廃れて行くはずである。 |
NANAY CHICAYno "J'ALEFABECHTO PROTOCOL" 試論 田丸卓郎先生と田中舘愛橘先生に捧げる現代ローマ字国字論
Tuesday, July 31, 2018
Monday, July 30, 2018
Sunday, July 29, 2018
| 文節法 について |
| 英語の辞書を観ると、単語の途中に中黒を挟んでいるのを見かける。これが文節箇所の指定位置である。これは文章を書いている時行替えの必要が生じた時折り返すべき位置を指定したものである。漢字仮名交じり文では文字単位で行なっていたので、単語と言う意識もなく、区切り方が任意で規則性はなかった。日本語も音節で成り立っているので、音節の意識を持って区切る事にしたい。日本語にも規則化しておきたい。この件はルール化出来る筈であるが単語毎に指定するのは煩雑になるので、ルールの一項目として取り上げたい。或いは様々なルールの附則として取り上げたい。文節をする時は❶音節の次にハイフンを入れて行替えする事を原則とする。❷文法規則により形式的な子音が来た時はその子音の次にハイフンを入れて行替えをする。これは附則的に別途扱う事とする。 |
Thursday, July 26, 2018
Wednesday, July 25, 2018
Tuesday, July 17, 2018
Sunday, July 15, 2018
| ローマ字の字数の利点 |
| ローマ字は字数が僅か26字と僅かの記号を使って凡ゆる概念と事象を表現できる。漢字はいくつあるか分からない。それをほぼ一生掛けて憶えても達成感は訪れない。それも、漢字仮名交じり文には読み方の到達点は恐らくないのである。例えば英語である。英語は単語を使い回して平易さを維持している。日本語も英語の長所を見習うチャンスが訪れるかもしれない。漢字は字数の問題ではない。社会に増え続ける概念の処理の方法の問題だったのだ。漢字は概念の増加に無原則に対応して来たが、それを日本語として輸入した時に日本語としての原則を用意出来なかったのだ。日本語は膠着語的に語数を増やすのに対して中国語の表記の無原則さについて行けなかったのだ。日本語の立場は熟語的に増加して欲しいので、字数が増える事を望んでいないのである。熟語的にと言う事は単語が長くなっても構わないという意味である。これは中国語にとってみれば至極都合が悪いのである。その様な体系の違いが共存して来たのである。日本語は日本語の利益だけを考えるべきだろう。 |
Saturday, July 14, 2018
| 日本語表記の多重的複雑さ |
| 日本語表記は漢字仮名交じり文に始まり、漢字と仮名の二重性、更にローマ字もあり、ローマ字と漢字仮名交じり文との二重性、漢字の音訓の読み方。複雑な当て字読み。ローマ字は書き方の方式を一本化出来ていない等各所で二重性が存在し、ITの象徴PCの文字入力に至っては文字変換技術が漢字仮名交じり文を援護している為、漢字仮名交じり文を正しく書けなくなる始末である。何でも許される精神が益々日本語表記を複雑にしているのだ。尚且つ読み方は曖昧な部分が多く、統一出来てないのだ。こんな国が世界に存在するとは驚きである。ローマ字運動の目的には文字に対する負担軽減がある。見えないコストを軽減する効果を期待するのである。ゴミも積もればの諺が我が国にはある。 |
Wednesday, July 11, 2018
Tuesday, July 10, 2018
Monday, July 9, 2018
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