Saturday, June 30, 2018

「〜さん」「〜しそうだ」について

">「〜さん」「〜しそうだ」は語源が「様」であるので、同音語区別の為、其々「samng/samg」「samw/somw」とする。

Friday, June 29, 2018

サ変動詞は語幹と活用を切り離す。或いはハイフンを挟む。

Thursday, June 28, 2018

ローマ字は日本語政策に深く関わっている。何も規制をしろと言っている訳ではない。本来ならば日本人が自由な表現が出来る様に限られた言語的原資を配分するべきだった筈である。ところが、所管の官庁(文部省がやっていた事は漢字制限ぐらいのものだった)は無策な上にこれと言った戦略を持たなかった。現状の日本語は日常的な混乱を強いられたと言って良いのである。J’lfabectoでは戦略的に思考を深め、政策を提案する積りである。J’lfabecto方式が少しでも浸透すればローマ字で提言して行きたいと思っている。

Wednesday, June 27, 2018

ローマ字は聴き取り書きが出来なければ用をなさないと言って良い位である。学校での講義筆記に即応し得て力を発揮出来る。漢字を書くと複雑な語彙を書くには不向きであろう。ローマ字は初出の単語に対しても対応、速記出来なければ用をなさない。その為にはローマ字ルールを叩き込んでおかなければならない。

Tuesday, June 26, 2018

ローマ字主義者にとってローマ字が採用されない事はもどかしいかも知れないが、怖れるに当たらずである。今は何の障害もないではないか!禁止されている訳でもない!隠れる必要もない!今の内に価値ある方式を用意して世に問おうではないか!ローマ字は未完成である事を認めようではないか!今現在の日本人を相手にしていても無理かも知れない。今の日本人は古い習慣に縛られているかも知れないのだ!だから、将来の日本人が使うものとして価値あるものを用意しようではないか?

Monday, June 25, 2018

聴きとり書きは短期保存とし長期保存出来る様に書き換えをする事が望ましい。
又、聴きとり書きはそのまま文学的な表現に転用も出来るだろう。

Sunday, June 24, 2018

今は英語の影響が強過ぎて日本語ローマ字の居心地が肩身の狭い思いをしているが、問題の一つにアルファベットの呼称の問題がある。日本語は規則性を持っているので、アルファベットもそうした方が良いと考える。その方式はドイツ語方式が相応しいだろう。ドイツ語を基準にして呼称問題を考えてみては如何だろうか?と思っている。
スペルが解らなければ聴きとりながらでは書けない言語もあるが、兎に角メモを取る目的に叶う様に応急にでも聴きとり書きが出来なければならないだろう。その為のルールを公式の記述法とは別に簡単なルールとして作っておくべきだろう。
促音「c」、音便の類「y,w,c,g」はそのまま書く事にする。
撥音「ん」は「n」「m」等の後に「g」を続ける。即ち「ng」「mg」。「rg」という場合もある。(動詞終止形の関東方言)

Saturday, June 23, 2018

外来語の読み方に関してのヒント

外来語の読み方をJ’Alfabectoで決めた読み方で読むと言う方法が考えられる。例えば「Study=ストゥディ」とか。

Friday, June 22, 2018

子音の連続する外来語について

子音の連続には基本的には「e」を入れて子音を変化させないが、日本語にした時アクセントが来た時及びアクセントが来る可能性がある場合でも「u」とする。例「プロ=puro⭕️,pero❌」

Thursday, June 21, 2018

日本語には出自が一つながら書記を別の漢字を当てていた為に、恰も別の語であるとして来た同音語がある。「離す」と「話す」など。これらはローマ字でも如何ともし難い。書き分けが出来ない。動詞の活用も同じである。「hanassu」として置いて、自然に任せるしかない。以後この様な語群を同源分離語と呼ぶ事にしたい。この様なグループは他にもあるからである。

Wednesday, June 20, 2018

日本語の発音は開音節で出来ていますが、ローマ字にした時、無理に外来語の閉音節由来の語を閉音節を維持する必要はありません。閉音節でも母音を補って開音節で書きましょう!
ローマ字を実際に書く時には戸惑う事が多い筈である。特に私の提唱する「J’aLefabecte」は規則も多いので面倒な気持ちになってくるのだろうが、これも慣れというものである。規則が身に付いて来れば容易い筈である。特に大人にとっては難儀であろう。若い人は文法を意識しながらの作業となるので楽な筈である。何れにしても各自が非回避の新たな挑戦となろう。

Monday, June 18, 2018

田丸卓郎先生は相当国語学者を敵に回していましたが、これが私には知識人的限界かなと思うのです。確かに国語学者はローマ字には無関心な人間が多かったのはうなづけるのですが、それよりも日本語のローマ字化を阻む根源的問題点の解決を提示しなければならなかったのではないかと思ったのです。問題点の解決策を提示しながら、批判は批判で展開すべき事ではないかと言うのが私の立場なのです。

Sunday, June 17, 2018

中国は自国の文字の重さに悲鳴を挙げて、簡体字にの創作に向かった。表音化は拼音を作ったが一般化しなかった。拼音は意味のない文字列ととられたのだろうか?中国は文字改革に見合う社会の発達が均一ではなく、国の規模が大きい事が枷になったのだろう。日本は国が小さい分社会が膨張すれば表音化を漢字仮名交じり文が補ったが社会発展の要求に対して充分に応えているとは言えない。漢字仮名交じり文に何が足りて足りてないかの議論は全くない。この様な議論をする余地は全くないのが現状である。

Saturday, June 16, 2018

ローマ字論に冷淡な人間は国語学者に多く、ローマ字論を展開する人間は理学系に多いと田丸卓郎は述べた。それは何故か?理学系は万国共通の理を追求するからだと言っている。確かに自国と他国の事情を比較する機会も多いのでそう言う事になるのかも知れない。私は抑も漢字仮名交じり文が持つ多くの矛盾に気が付いた者が全員感じていれば良いと思っているのであるが、他国の表記法は何が優れているか何が優れていないかを列挙すべきだと思っている。過剰に西欧先進国の表記が無条件に優れていると盲目的に考える必要はないと思っている。

Thursday, June 14, 2018

日本語のアクセントは高低を表現するピッチ型と言われている。更に第1第2音節の高低は逆になり、高いピッチが単語の中で中高のピッチを占めると言う特徴がある。従って、中高から何処で下がるかを表示出来れば一語のアクセントを指定出来る事になる。

閉鎖音を何とか克服する!

日本人はいつまで経っても閉鎖音を発音出来ないとなると、世界の嗤い者になってしまう。もう既に嗤い者になっているが。どうしても出来ないならウ段を子音を変化させない様に発音すると言う逃げの発音にすべきであろう。セメテそれはやって欲しい!日本語の癖はカナリ古典期に始まったのだろう。韓国語と同一の歴史を持っている様だ「つ」「し」「づ、ず」「じ、ぢ」等である。

Tuesday, June 12, 2018

日本語を我々が使用するに当たり、漢字使用のお陰で書き慣れない言葉はほぼ一生使用しない、知らない言葉が存在する。全くご縁が無い言葉と言うものがある。すると、知らない言葉を読み飛ばす習慣が出来ても全体の文章を読んだ事にしてしまうのだ。これは可笑しい現象だ。もし、読めない所があれば中断して調らべれば良かったのだ。国語なのに恥ずかしい習慣だった!ローマ字の環境ではこう言う事が無い様にしたいものである。検索が容易い環境になるものと信じている。
言葉はいつも使っているのに漢字が出て来ないので書けない、平仮名で済ます。という事が往々にしてある。これはナンセンス極まりない!明治の言文一致運動は死語になってはいなかったのだ。文字は書いて書けて読んで読めてなんぼのものですよ!漢字仮名交じり文で良い筈の日本語が仮名だけで書くと嗤われてしまうのは何故なのか?日本語書記はナンセンスだらけ!可笑しいことだらけじゃないですか!非合理過ぎませんか?日本語の書記は負荷が多過ぎるのです。

Friday, June 8, 2018

日本では漢字の真の活躍の場面は終息したと考えるべきだろう。と言うのは、本家の中国では近代に至るまで漢字の造字が行われていたらしい証拠がある。中国語は独自に漢字の造字、造語を行なってきたのであり、輸入国の日本語では漢字の国字は僅かで生産は終わったのである。漢字独自の生産的な場面は日本ではほぼ起こらなかったと見るべきだろう。従って日本では漢字の活躍はもはやこれ以上はないと見たほうがいいのだろう。
漢字の活き活きと出来た時代は終わっているのであり、仮名交じり文としての同居は最早意味を失ったのである。これが、表音化の根拠である。
漢字は日本に来てから不幸だったのではないか?と言うのは生半可な知識の元に民間の造語を繰り返された挙句に同音異義語が無計画に増産されたのであり、日本語全体に混乱を齎してしまった。安易な増産と放置だったのである。今更これを取り返しは出来ないだろう。これは無責任な国語行政の所為だったと言えるだろう!従って、これを清算し、出直す必要が、チョットやソットじゃ出来る筈がないのである。

Wednesday, June 6, 2018

ローマ文での省略語は漢語文字の従来文の様なピックアップ省略は無くし、アルファベットの頭音による省略語だけを認める方向とする

Tuesday, June 5, 2018

閉鎖音を持つ外国語を日本語に転写する時片仮名ではタ行は「ト」でサ行は「ス」で、カ行は「ク」で、ナ行は「ン」で表している。しかし、ローマ字にすると母音の統一が取りにくい。従って、片仮名をそのまま翻字する案と有声音になる様に「e」に統一する案が考えられる。
活用語の連体形は終止形と同形の為、アンダーバー「-」等で区別する。又、命令形も仮定形已然形と同形であるので、命令形にコーテーションマーク「!」を付ける。

Sunday, June 3, 2018

拗音があると子音の発音を変える場合がある。変える場合は「j」を、変えない場合は「y」を子音の後に置くことにする。例えば「zji」「dji」

Saturday, June 2, 2018

ハ行音は様々な発音に変化す るので、「h」を黙字として実際の子音の後に置く事にする。例えば「xh」「fh」「ph」「bh」「wh」「h 」等である。

Friday, June 1, 2018

近代化の出直しの為に

日本の近代化は終わった訳ではない。実は中途半端に中断したままなのである。一度大失敗した国民的大衆運動だったのである。一旦近代化の試みを閉じなくてはならないのではないか?その為の補助としてローマ字運動を位置付けたい。近代化の手本となった西欧文化を対象化する為にも西欧文化を深く知る必要があるのだ。西欧文化はキリスト教文化に塗れた西欧中世を引き摺った非自立的文化であるので、日本は状況を見極めて自己を確立しなければならない。その為には多側面に於いて研き、強靱な手法を確立しなければならないのである。強さとは柔軟構造である。自浄作用の備わっている事である。器を大きく丈夫にしておく事である。取捨選択の機能を充分備える事である。富国強兵等は本当に必要な強さ だったのか考えてみたら良いのだ。