Monday, January 30, 2017

過去の文明が発展してきた場合の根拠はそれより前の文明より何らかの意味でよりスピードが早かった事が考えられる。例として鉄器使用、青銅器使用等。馬術に長ける事。鉄道。飛行機。コンピュータの発明。他に宗教などの観念の共有なども入れても良いかも知れない。国家のレベルで言えば、言語の共有もそうであろう。国家レベルでは記述方式の簡便性を挙げたい。私は日本が戦争に負けた理由を探る目的で報道等をチェックしたのだが、軍の命令電信記録が筆で漢字使用だった事を観てガッカリした。アメリカは既にタイプライターを活用していた時代である。戦後和文タイプライターも存在したが、文字数が多過ぎて非効率の極みであった。これに気が付いて是正しなければ日本語は歴史の闇に葬り去られるであろう。

Friday, January 27, 2017

J'Alfabectoはどの様に使用されて行くだろうか?公共の役に立つところまで行くのだろうか?解らない!何れにしても使い勝手が便利でなければお話にならないのであるが、先ず個人の趣味の範囲でメモ用であれば応えられると考えている。次には国語の学習に使用して欲しいところだが、これは難関であろう。国語教育に携わる教職者は恐らくほしゅてきであろうからである。次には、数学等の教育現場での使用に拡大して欲しいところである。教育現場で学習効果が上がれば、後はメディアなどが使用する事に期待するのである。次には社会的実業の世界に拡大する事に期待したいのである。

Thursday, January 26, 2017

ルールは簡素な方が良いのであるが、考えておくべき事は、様々な場合を如何に想定出来るかと言う事であろう。日本語は規則性がある為、各項目毎にルールをシッカリ決めれば良いことになるのであろう。

Tuesday, January 24, 2017

巧みな折衷案で乗り切れ!

何故ヘボン式と日本式訓令式の折衷案が必要なのか。正確に言えば折衷案とは言えないかも知れない。両者が見落としている点が幾つかあるからである。私の「J'alfabecto」は見落としている点について光りを当てているからである。ヘボン式は英語の発音を参考にしているので、日本語に発音の種類が増えた時に 対応できる様になっていると言えるが、日本式には音韻変化を予測に入れていない半面五十音表の規則性 を維持しているので、日本語の規則性を維持出来るのであるが、音便による同音異義語についての解決策は用意していなかった。
ハ行の発音は「ha,hi,hu,,ho」と書いて①「ワイウエオ」と読む場合と②「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ、」と読む場合とがあるので、①の場合の「ワ」だけ「wha」とする。残る「hi,hu,he,ho,」のhは黙字(サイレンス)とする。②「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ、」と読む場合はどうしたらいいか?①語頭と②大文字の場合のみ「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ、」と読む事とする。「hha,hhi,hhu,,hho」は「h」ひとつの場合と同じとする。即ち黙字とする。又、「母」などの場合は「xhaxha」の様にして、「はは」と読ませる。

Monday, January 23, 2017

日本語に外国語を導入する為には厄介な問題がある。日本語は思いの外、規則性があるので、その規則性に組み込めれば自動的な導入が可能なのであるが、世界的にポピュラーな英語の様な不規則な綴りを導入しようとすれば、そのままではほぼ不可能であろう。言葉の記述は、基本的に会話を文字化出来なければ全ての人の使用に耐えない。従って英単語を転写する方法を確立しなければ現状を反映させる事は不可能になるのである。その際必要な考え方は「聴き取り書き」である。日本人が聴き取れた範囲の音を書き留める方法である。元のスペルに引き摺られて惑う必要はないのである。他には元のスペル通りに書いて日本語で読める読み方にするのである。

Saturday, January 21, 2017

五段活用動詞連用形は語尾の子音を重ねるが同じく名詞に続ける用法では名詞の扱いになる為子音を重ねない。只、次に動詞が来る場合は単なる連用形なので子音を重ねる。

Friday, January 20, 2017

確かにコンピュータは日本語表記を便利にした。これに更にローマ字にしたところで何の利益を得る事ができるのだ?と言う議論がある。確かにその通りだが、コンピュータに日本語を打ち込む為にはローマ字を使用し、更に文字変換の作業が必要である。文字変換をする際に手間が掛かるし、漢字の使い分けの手間も必要だし、必ず変換ミスを冒しているのである。という事は従来表記すら出来てない事になるのではないか?文字変換技術はあっても使いこなしが出来てない事が障害になっているのである。私の提案は漢字文化からの完全離脱である。漢字の根深い文化からの離脱以外日本の未来はないだろうと思うのである。

記号としてのウムラウト記号

ウムラウト記号はドイツ語では発音が変わる事を意味するが、日本語ローマ字でのウムラウト記号は単なる拗音を表すと言うルールにする。従ってウムラウト記号は日本語ではヤ行子音と同じである。
表記方式一つ便利にしようと言う意欲もない保守なのだろうか?共同性を改善しようとする事には後向きになってしまうのだろうか?寧ろ精神論的に日本人としてのアイデンティティーを求め、守りたいのだろう。ローマ字というのは現在生きている日本人の意識に合わなくても良いのである。未来に日本に参加する人々の為のものである。未来の日本人の子孫の為のものである。

Thursday, January 19, 2017

ローマ字は西洋かぶれだろうか?まあ、そう言われても良いのだが、西洋被れなら他にも日本人は明治維新以来色々な事に被れて来たではないか?しかし、私の提唱するJ'alefabectoは被れどころではない。如何に日本語を深く知る事になるだろうと考えている。真の日本語の姿を知らずして一語一節たりとも書く事は出来ないだろう。
この場合、文法は特に触れない事にする。理由は文法が解釈に踏み入れる事になるからである。説明の為に学校文法用語を使う事があるが整理の為なのでご容赦願いたい。

Wednesday, January 18, 2017

明治の先達のローマ字運動が何故ポシャったのか?は色々な理由があったのだろうが、ローマ字で五十音表を作っただけの横着な事しかしなかったからではないのか?色々なケースを想定してその答えを用意しなかったからではないだろうか?私も訓令式ローマ字運動のグループに一時属していたが、どの様な時はどうするという様な議論をした事は一度もなかった。私があるアイディアを発表したら、「記号をつかうのか?」と窘められる始末。これには驚いた。こここには記号を使わないと言うルールがあった様なのである。しかし、記号を禁止しても何の得にもならないのである。適切に使う事によって明晰な表現を可能にする筈なのである。

Sunday, January 15, 2017

ローマ字を考える前に 日本語という認識とアイデンティティーを持つ者が表記の為の文字を選択すると言う、たったそれだけの事を自己決定する事に引いて考えてみてはどうだろうか?表記方法を最適な方式を見つけ、且つ、将来的と過去との伝統継承可能な方法は何かと考えると言う事を視野に入れる事を外さない方法で絞ってみると良いのではないかと思っているのである。 ローマ字はそれらの要件を満たすであろうか?将来的と言う点では、日本語が発展すると言う事を見通しておくべきと考える事は当然ではないだろうか!世界の凡ゆる事物、商品 、思想、の交流がある筈である。日本語が正に世界大に交流、拡大する場面に遭遇している時に独り閉鎖的、内向き志向では居られないであろう。古典との伝統継承はどうであろうか?古典は今こそが既に断絶している事を認識すべきであろう。古典は常に省みて、汲み取りに行かなければならないのである。その為には専門に勉強した専門家を育てる事の方が健全な方法ではないのか!ローマ字は専ら現代の利益のみ考えていれば良いのである。その為には簡便でさえあれば良いのだと言う考えである。

Saturday, January 14, 2017

ハ行の読み方が最も不安定な為ルールが必要である。
hahihuheho
「わ」と文節内で読む「い」と文節内で読む「う」と文節内で読む「え」と文節内で読む「お」と文節内で読む

Thursday, January 5, 2017

明治期のローマ字運動が何故ポシャったのか、
①国策に乗らなかった。②権力の無理解と時期が悪かった、(戦争等で忙しかった。)③ローマ字運動の側の議論が煮詰まっていなかった。方式が未熟であった。二派に別れ、分裂していた。

順不同