Thursday, January 11, 2018

日本語の骨格は大和言葉が担っているが、何故、日本の文部科学省は大和言葉を放置したままの政策しか取れないのだろうか?その理由は余りにも骨格部分の為に最早客観的に見る事が出来ないかの如くである。しかし、これは研究費の配分の偏向がある筈である。日本人がお金を何処に掛けるかの悪い癖を知っている。学問の世界に「費用対効果」の論理を持ち込む輩が居るのだろう。費用対効果を突き付けられたら日本の学究に太刀打ちできる者はいないだろう。ここが日本の貧困な理由である勝手な推測だが。

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