Saturday, November 11, 2017

ローマ字は必要と感じた者が共有すれば良い。他人に押し付けるものではない。使い勝手を認めた者だけが使えば良いのだ。その意味で国家の介入は不要である。日本語話者の内、価値を理解出来た者が共有すべきであろう。その後の日本語の変遷には予測は出来ない、意図もない。唯々日本語話者の利便性を考えるのみである。

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