Monday, October 31, 2016

文字を記すという事は、基本は喋った事を再現できる事であろう。言葉の由来とかは関係ない筈である。由来とは、それが漢語だったか大和言葉だったか外来語だったかは問う必要はないということである。ローマ字は、様々な側面で再現性を保証しておかなければならないのである。その意味で今迄の差別が廃される様に貶められてきた系統の言葉の復権の余地が可能ではないかと切に思うのである。

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